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『成績以上にクラブの誇りが大切』 その3 [footballistic *]



サポにとって、クラブは“永遠”である。

勝ちは、選手たちが積み重ねたことの結実だし、
だからこそ、負けるよりは勝ってほしいと祈る。
選手、スタッフ、フロントは、“よりよい方向”を目指しているのだから。
しかし、そのために、
楽しいはずのプレーが、楽しくなさそうに見えたりするのは、
負けよりも観ていてつらいし、
勝ち負けに執着するがあまり、同じエンブレムのもとに集まる人たちが、
お互いを信じられなくなるような状況は、よい状態とはいえないし、
“よりよいポジション”を高く高く定めるばかりに、状況と足元のバランスを崩して、
クラブがなくなるというようなことは、絶対に、あってはいけないことだ。

『続けること』それが、クラブを名のる最低限の責任。
“消滅”は、そのエンブレムに集うすべての人の心をさまよわせることになる。
その重さ。

マリノスの名前につく“F”。
私は、その当時、当事者ではなかったから、多くは語れないが、
永遠と思っていた存在が“消滅”。
Jリーグ史上、最大の悲劇である。
二度とおきてはいけないことだ。
その悲劇を名前に残すクラブ。
(いまだにデリケートな問題で、解釈はひとそれぞれだが、マリサポとしてはその自覚は必要だと思っています。)
“F”が象徴するものは、うちだけでなく、Jのクラブすべてが忘れてはならないこと。



来季は、運営が楽なクラブはないと思う。
そして、その“がまんの季節”が、どれぐらい続くのかもわからない。
私たちサポは、『ここに愛するクラブが存在すること』を、あらためて、かみしめるべきシーズンだし、
選手はここでプレーできることに喜びを感じてもらいたいシーズン。
苦しい時期というのは、きっと、“原点”を明確にしてくれる。


私たちの生活だって、これまで通りというわけにはいかないと思う。
チケット代だって、遠征代だって。
それでも、行けるだけ、試合に行く、たぶん。
そこにマリノスがあるから。
それが“生きる糧”となるから。

サッカーは娯楽だ。
サポを名のっていて申し訳ないが、マリノスより大切なことは、ある。
サポの立場で、「マリノスのために生きています」とは、言わないし、言えません。
(それは、マリノスに甘えて、自分をサボっている言い訳になります。
クラブスタッフや選手が口にするのとは、違います。)
ただ、そのエンブレムを身につける時間が、
ちゃんと、自分の心を支えてくれていることも知っている。
だから、なおさら“誇り”に思う。

誇りは、成績ではない。
誇りは、一緒に過ごした時間の長さや濃さが生むものだ。
脈々と、たくさんの人が紡いできた時間に対する敬意、それが、“誇り”だと、私は思う。
タイトルはそれが結実した最良のカタチでしかない。
(それだからこそ、目指すべき場所でもあります。)
だから、勝ち負けよりも、目の前の90分に真摯に向かわない事が、
なにより“誇り”を踏みにじる行為だと思うし、
「マリノス、なめんなよ。」と、腹が立つ。

『(成績よりも)クラブの誇りが大切』
クラブに関るすべての人とその人のすべての行動の原点。
クラブを続けるための運営も、広報も、
出資をしつづけてくれるスポンサーも、
トリコのユニを身につけてピッチに立ちことも、ボールを追う瞬間も、
エンブレムを身につけて、スタジアムに向かうことも。
その1点で、私たちは繋がっている。
その“永遠”の一部であるという、“誇り”。

どんな時も、このクラブのもとに集えて、チカラを与え合えることに感謝を。



********************

記事のタイトルは、『サッカー批評』から。
バイエルン・ミュンヘンGM ウリ・へーネスの言葉です。
GM3本立て記事、
あと2人は、フランスの地で奮闘する祖母井さんと、
「あぁ、これはもぉ、イタリアン・マフィアの価値観なのだな・・・・」ルチャーノ・モッジ。

GMって、たいへんだ。
監督以上に哲学が必要なんだろーな。
でも、クラブをメディアとして、たくさんの人を横(場所)と縦(時間)に結びつけて、
集う人みんなの心をふるふるとさせられる、偉大だ。
もう、これは、マリノス君にしかできないお仕事だな。great-marinos150.jpg





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